二重結合の光異性化(補足資料)

これまでの講義で、
ステージ1 光と熱の違い
ステージ2 光吸収で何がおきるのか?
ステージ3 光を吸収した分子のエネルギーの行方
を学習し、
光化学はこれまでに学習してきた熱と随分と異なること、
光化学は「電子が主役」
電子が所属する分子軌道の理解は避けられない
ということを述べてきました。
さらには、内容が難しく、避けがちであった量子力学・量子化学の領域について、そもそも何をモデルに、なぜこんな理論を展開しているのか?そして、光化学と量子化学、理論と実験が見事にマッチングしている部分を扱ってきました。

今回の講義では、光励起状態からはじまる光化学反応を扱いました。
① オレフィンの光異性化
理論と実例を述べました。
講義で扱ったもの以外にも、植物の生育に関係している反応も知られています。
1952年にH. A. Borthwickらは、レタスの種子発芽誘導において、赤色光照射(660 nm)では促進的、遠赤外光照射(730 nm)では、阻害的に働くことを発見しています(Proc. Natl. Acad. Sci. 1952, 38, 662)。これは次のような分子のオレフィン部位の光異性化がキーとなっており、赤色光を照射すると、活性型のフォトクロムに異性化をします。赤色光によって発芽が促進される好光性種子には、他にも、イチゴ、ミツバ、バジル、シソ、パセリ、人参、春菊、インゲン、セロリなどがあります。

② アゾベンゼンの光異性化(理屈は①のスチルベンと同じです)
アゾベンゼンは紫外光から可視光にかけての光を吸収するため、高校では色素として使われていることを学習したわけですが、スチルベンと同様に、光異性化を起こします。そのため、分子の形を光で制御し、分子スイッチ、光メモリー、デバイス、液晶相の光スイッチなど多岐にわたる分野で利用されてきました。そうした分子スイッチに関しては、多くの総説がありますので、ここでは、2015年に産総研の研究グループが、Nature Communicationで報告した非常に面白い現象を紹介したいと思います。
元論文はこちら(Nature Communications, 2015, 6, 7310.)
簡単に要約すると、
・室温でtrans型のアゾベンゼン誘導体の結晶が、365 nmの光照射で、cis体へ光異性化する。その際に液化がおきる。
・そこに465 nmの光照射をすると、trans体へ光異性化し、その際に結晶化がおきる。
・2方向から365 nmと465 nmの光を、2方向から同時に照射すると、465 nmの光源の方向に向かって、化合物が動いていく。
(結晶が動く方向に対して、後方では液化が、前方では結晶化が同時に起こり、それによって結晶が移動するというメカニズムが提唱されています)
ガラス板を垂直に立てた状態でも、光照射で結晶が壁面を上るというのですから、まるで、妖怪人間ベム(アニメ版はおそらく私よりも10歳以上年上の年代がタイムリーでしょうから知らないと思いますが、亀梨君の実写化バージョンは最近の学生でもわかりますかね?)で、液体がうようよ動いて、妖怪人間が生まれてくる場面を思い出してしまいます。

アゾベンゼンの光異性化を用いた結晶が光照射によって移動する現象

③ Woodward-Hoffmann則

ここは、完全に余談です。
随分と昔ですが、2006年の第56回リンダウ・ノーベル賞受賞者会議(Lindau Nobel Laureate Meeting)に、日本代表チームの1人として派遣された際に、Woodward-Hoffmann則のRoald Hoffmann教授に、日本チームがレクチャーをうけました。そのときの写真があったので、掲載しておきます。結婚して太りましたが、私は、昔の状態に異性化できないでしょうか?まさか、徳丸先生の例のような片道異性化???(教科書 P93)徳丸先生の例では、t-ブチル基のような、かさ高い置換基がついていますが、人間でも、一旦、かさ高いものがつくと、簡単には、もとには戻れないのかもしれません。

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